宗教儀礼を考える② 信仰心がない?

先日の新聞の記事より。文部科学省意識調査によると、信仰や信心を70.6%の人が「もっていない、信じていない」としながら、魂や霊魂の存在を「ある」と考えている人が46.2%を占める、とありました。また、信仰・信心を「もっている」は15.1%だったが、宗教的な心は52.3%が「大切」と答えているそうです。なかなか日本人の宗教に対する現状を表している調査結果であると思いました。70.6%の人が信仰や信心を「もっていない」この国の人々の約90%の人達は仏式の葬儀を選択しているという現実も、この国の宗教に対する意識の特殊性を物語っています。言うまでもなく、日本は憲法で信教の自由が保障されていますので、誰がどういう宗教を信じようと自由です。本来宗教とは個人を対象にし、個人の自由意志で信仰するものであるのに、日本の場合は古くからの檀家制度に象徴されるように「家」単位での信仰が続いてきました。ですから、先祖代々の信仰を受け継いでゆくという側面よりも、先祖代々のお墓を守ってゆくという意味合いの方に重きが置かれ、「宗旨が何であるからどこのお寺の檀家」なのではなくて、「あのお寺の檀家なのでうちは○○宗だ」ということになっているようです。私は今の現状を特に悪いことであるとは思いませんが、信仰心がないのにお寺様との関係を続けてゆくというのは、寺院にとっても檀家にとっても喜ばしいことではありません。日本の宗教を語る上で、よく批判の的にされるのが、いわゆる「葬式仏教」といわれる類のものです。確かに歴史的な過程、特に江戸時代の檀家制度によって、寺院の経営が保障され、仏教寺院側が布教に対する熱意がなくなり、その遺産でもある寺檀関係によって、檀家の多い寺院は葬儀と法事が多く、経営も十分に成り立っているという事実はあるにせよ、それが全ての寺院に当てはまるわけではありません。実際、ニューウェーブとも言われるような改革をしている寺院、文字通り駆け込み寺として弱者の見方になっている寺院、法話会や座禅の会を積極的に開催している寺院等、本来の寺院の姿を求めたり、熱心に布教活動をしている寺院も数多く存在します。過去のブログでも書きましたが、アメリカでは仏教徒が増えているそうです。仏教の教えは深くて広い魅力のあるものだと彼らも語っています。私の場合は、仕事とも関係しますので、特定の宗旨・宗派をお勧めすることは出来ませんが、信仰心を持つことの大切さは常々感じております。


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