家族葬を考える⑬ 仏式葬儀について

朝日新聞夕刊に花園大学教授の佐々木閑氏の「日々是修行」というコラムが掲載されています。毎回とても良い話題で個人的にとても楽しみにしています。6月14日のコラムに興味深いものがありましたのでご紹介したいと思います。

「ナイトスタンド仏教徒」と題したそのコラムによると、「今、世界で一番仏教が盛んな国はどこか、ご存知だろうか。それはアメリカである」とし、少なく見積もっても仏教徒の数が250万人もいるというのです。更に、皮肉混じりに、「日本のように、家が代々仏教だから、法事・葬式の時だけなんとなくお寺さんの世話になる、といった人たちではない。自分で悩んで考えて、仏教がいいと判断して、実際に仏教世界へ入ってきた、本当の仏教徒である」と続いています。アメリカはご存知の通りキリスト教国で、大統領が就任の際に聖書を持って宣誓するくらいの国なのですが、また一方では自由の国なので、信教の自由が保証されており、自分にとって最もふさわしい宗教は仏教であると考える人が増えてきているということなのでしょう。(余談ですが、大リーグに行った日本人選手の中に、ホームランを打った時などにホームベース上で神に感謝するようなしぐさを見せることがありますが、あの選手は、宗教的な意味でああしているのか、それともただの真似なのかとふと考えてしまいます。)
そのコラムを読んで感じたことが二つあります。一つ目は、アメリカ人(アメリカ人に限らないかもしれませんが)は宗教が生活の中や、個人の心の中で重要な位置を占めており、例えば、自分にとって、一神教のキリスト教がそぐわないと考えた場合、日本で言う「無宗教」になるのではなく、キリスト教に代わるものを見つけなければいられないのだということ。それくらい宗教というものは人間にとって本来は大切なものではないかということです。
二つ目は、仏教は本来多くの人を惹きつける魅力のある宗教であるということに改めて気づかされたことです。日本における仏教の広まり方というのは歴史的に見ても、政治的に利用されてきたこともあり、上から下へ一方的に与えられてきているので、どうしても宗教に対しては受身になりやすく、最低限の知識があり、恥をかかない程度で十分だという感覚があるのかもしれませんが、自分から能動的に求めてゆくと、その教えは奥が深く、優れた宗教であるということです。

さて、ここからはブログのテーマに戻りますが、家族葬を依頼される方は、相対的にお寺様とのお付き合いがない方が多いように感じます。つまり、お寺様とお話をする機会もなければ、仏教に触れる機会もなかなかありません。しかし、しかしです。やはり多くの皆さんは故人を送るための宗教儀礼として、お寺様を呼んで欲しいと願っているのです。仏教徒でなく、菩提寺もなければ、お寺様に来ていただく必要は本来はないはずです。故人に成仏してもらいたいという切なる思いがそうさせているのかもしれませんが、せっかくならこれもご縁ですので、お寺様とお話しをし、仏教にもっと触れてみてはいかがでしょうか。家族葬の場合、一般の弔問客が来ないわけですから、儀式の間はずっと読経を聞いていられます。しかも、儀式の前や後も一般のご葬儀のように慌しく動き回ることもあまりありません。ならば、お寺様から仏教についてお話を聞いたり、これからの仏事をどうするのか相談したり、また、それにはどんな意味があるのかを教えていただくだけでもずいぶん違います。
私がお勧めするのは、一緒にお経をお唱えをすることです。勿論、長いお経をお唱えするのはすぐにできるものではありませんが、それぞれの宗派の儀式の中でよくお唱えされるもの(例えば「お念仏」であったり、「お題目」であったり、短い文言の「偈」といわれるもの)をご自身も一緒になってお唱えすることだけでも、大変良い供養になると言われているのです。
仏教のご葬儀とはどういう意味合いがあるということを理解し、自分もそれに参加することで、ご葬儀はもっと意味のあるものになるのではないでしょうか。また、仏教や仏事に対しても新しい見方ができるかもしれません。

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